堀米雄斗

ユウトとの物語は彼の父からの電話で始まった。

ユウトの父a.k.aゴメスとは15,6歳頃地元でスケートして以来の付き合いだ。
ゴメスは唐突に、早川君のブランドでユウトをライダーにしてもらえないっすか?と言ってきた。

私はユウトがスケートしていてかなり上手く、アキ秋山さんやカツ秋山さんらのROOTSと言う素晴らしいブランドにサポートされているのも知っていた。
当然疑問に思い訊いた。

なんで?
ゴメスは答えた。
ユウトにこれからもっとストリートをやらせたい、ROOTSでお世話になっているが一緒にストリートで滑るのがなかなか難しい。
早川君達の動きに混ぜてもらいたい…と。

なるほど、ゴメスのヴィジョンで小さいうちにバーチカルを覚え身体の成長と共にストリートへと言うアメリカ式で鍛えているユウトにそのタイミングが来たのだろう…

嬉しい提案だし、私は新しい事が好きだからもちろんOK。

但し筋は通さねば出来ないから、アキさんとカツさんに話をさせて欲しいと伝え二人のレジェンドに脇汗Maxで事の経緯を説明した。
カツさんには、ユウトは素晴らしい逸材です、頑張ってくださいと頂き、アキさんからは、大ちゃんが本気ならいいじゃん!でもストリートで身体壊させないでくれよ!バーチカルもちゃんとやらせてね。と頂きました。
もう、ははぁー…と気合い入りまくりました。

さぁ、13歳のユウトをどうするか?
HIBRIDで何が出来るか?
悩みに悩んで考えました。

ユウトはどう成りたいの?
アメリカでプロになりたい!
よし、じゃアメリカの一流ブランドのプロになってプール付きの家を買ってアメリカに住もう!

この夢…いや、目標がこれから始まる全ての原動力になった。

私と13歳のユウトの約束

そしてこの目標に1日でも早く到達する為のプランをゴールから逆算して実行する事になった。

先ず、アメリカでプロになって住もうってんだからアメリカ見なきゃ始まらないと思い、13歳の子供がどうしたらアメリカに行けるか?
堀米家もチャンスを作ったり
私の古い友人の力を借り、ユウトをアメリカに行かせコンテストに出場させたり、あの手この手でアメリカを見せた。

身体の成長とは裏腹にスケートのスキルはとんでもない勢いで伸びていきストリートでの撮影も大人顔負けのモノとなった。

こいつはヤバい

私のプランより早いタイミングで成長している。

このままでは間に合わない、もっと周りを巻き込み力を増やさなきゃ。

この時点でぼんやりだった事がはっきりした。

私はユウトを育てているつもりだったが、実は自分がユウトの溢れる若さや才能に育てられ、ミジンコ程のプライドや経験からのスケートに対する概念をぶち壊してくれているんだと…

HIBRIDをやりくりしながらライダーとしてもどこか前に出たいと思う自分が、ユウトの為に全てを注力出来る自分に変わっていたのだ。
それからの私は次世代と言うか、新世代を創ることに全力になっていく。

その為なら嫌われてもいい、滑る時間が減ってもいい、金がなくなってもいい。

実際、骨の一本も惜しくなかった。
進化した。

しかし、いくらコンテストで勝っても海外に行っても実力だけで若いライダーがメディアに出れる日本ではない。
悔しかったけど負けてられない。
まず、ここも変えていかなければ…

その後のユウトはパートも出したり誌面にも出たり皆さんがご存知の活躍をし始めた。

何の迷いも持たず滑り続け
最初の約束通りアメリカの一流ブランドBLINDのアマになった

そうです、アメリカのブランドに捕られたのではなく、目標に向かっているステップの一つ。

スタートラインに立ったのだ。

まだまだ先は長く厳しい。
人間としてスケーターとして成長するユウトはこれからいくつもの壁に当たり、難しい選択を強いられるでしょう。
でもHIBRIDで培った根性や経験で乗り越えていくはず。

私はプールとパークのあるユウトん家に遊びに行きたい!

雄斗、HIBRIDに来てくれてありがとう。